〔あやしい古典文学の壺〕に8編追加しました。
10/01:「踊る心中者」:元禄16年(1703)には、大阪だけで46組の心中があったとされます。その年の話ですね。
「迷い出る大文字屋」:あやしい古典No.1570「お梅に逢いたい」と似たところのある話。
10/11:「不吉な鳥」「海雀」:鳥は身近にもたくさんいますが、生態をあまり知らないものが多いと思います。獣だってそうです。それでも今なら書籍とか映像ででも知識を得ることができますが、昔の人はなかなかそうはいかない。身辺に不思議がいっぱいで、それが当たり前だったでしょう。
10/21:「父母を喰う話」「死人の首を替える話」:あやしい古典No.1823「琉球葬礼」なんかを見ると、この種の話も根も葉もないものではないような気がします。
11/01:「仙台領内猛獣の風聞」:あやしい古典No.217「ほうそう婆」の怪獣も、これと同じものでしょう。
「狸を出産」:狸に限らず、狐も猫も犬も猿も河童も人間の女性を妊娠させますが、狸・狐・猫ははいい男に化けて接近するのに対し、犬や猿はそのまんまの姿のように思われます。河童はよくわからない。で、この話ですが、狸が岩太郎に化け、岩太郎は狸に害されたのかもしれない。ちょうの正体が狸かもしれないが。
ハルさま:
>死人の首を替える話:…他人の首を手に入れる方法が、想像通りで酷い。
さすがにこのあたりは変ですよね。金持ちがあらかじめ首を備蓄するといっても、すぐに腐ったりするでしょうし、貧乏人がよその土地で首狩りをするといっても、おとなしく狩られる人がいくらでもいるとは思われない。「接ぎ首をしないと、大いに世間の評判を落とす」とあるから、評判なんかどうでもいいやと、接ぎ首をせずに済ます人がいっぱいいたということか。